| 別に何がどうってわけでもないんですけど、そういや私が拓夫さんファンになったきっかけってまだお話してなかったな、と。(直接聞いたコトある人は除く。)
まぁ、私が美里ファンであるってコトは、このサイトの中をちょっと見回ってもらえばすぐにわかるコト。拓夫さんとの出会いも当然美里ちゃんつながりでした。 私が最初に拓夫さんの演奏を(CD以外で)聴いたのは忘れもしない、1990年8月25日・・・だと長いコト思ってたのですが、実はもうちょっと前でした。1990年1月1日。そう、90年代の幕開けとなった日にTBSラジオで放送されたスペシャル番組「夢を見たかい」。このオープニングがいきなりスタジオライブでして、そこに拓夫さんが出てたんですね。この時の放送、一応録音してあるのですが、今聴くと笑っちゃいますよ。美里ちゃんが各メンバーさんを紹介しながら「今年の抱負は?」と聴くんですね。拓夫さん、なんて答えたと思います? 「それよりお雑煮食べたいんですけど。」 ・・・^^;拓夫さんらしいわ、とか言ってみたりして。(笑) まぁ、それはさておき(おひ。)8/25に話を戻しましょう。この日は私にとって初めての美里ちゃんのコンサート。というより、生まれて初めて体験するコンサート。とにかく見るもの聴こえるもの全てに圧倒されて、やたらと興奮しまくってた記憶ぐらいしか残ってないっつーのがなんとも。さすがにこの時は拓夫さんなんか見てない・・・というより「山本拓夫」っつー名前すら意識してませんよ。とにかく美里ちゃん見るのに精一杯でした。 #余談ですが、この初ライブにいきなりひとりで行ったのはこの私。(笑) #こーゆートコ、そのまんまやね。ほんとに。 91年のツアーは行けず、次に美里ちゃんと再会するのは92年の西武球場。思いっきりスタンドでした。(笑)よって拓夫さんはおろか、美里ちゃんの表情もほとんど見えてません。 この頃から1回のツアーで数回はライブを見るようになってたのですが、この時の拓夫さんってあんまり印象にないんよなぁ。前の方で見たコトなかったし、美里ちゃん以外ではギターのカツGとかの方に意識いっちゃってたし。 で、運命の(笑)94年。まぁ、西武はスタンドだったんでほとんど見えてないとして、この年の秋から始まった「Baby Faith Tour」。その大阪フェスティバルホールでの2日間(10月5・6日)、私ってばめっちゃ席よかったんですよ!4列目と6列目。それもまん中からほんのちょっと左寄りと同じく右寄り。そりゃもう興奮するってもんですよ。んで、1日目のアンコール「サマータイムブルース」で、いつものように間奏のソロで前に出てきた拓夫さんが、もろ私の真正面だったんですね。・・・もう、見入ってしまいました。なんってカッコいいの!ちょっと小首をかしげるようなスタイルでサックスを吹いてる姿に、思わずぽーっとなってしまい、あろうコトかソロが終わって元の位置に引っ込んでもしばらく美里ちゃんではなくて拓夫さんを見てたような状態。^^; 私が初めて「山本拓夫」という人をはっきり意識しだしたのはこの時からでした。 (まぁ当時から既にメンバーとかの名前にはやたらと詳しかったけどね。^^;) 年は明けて95年1月6日。この頃、美里ちゃんはラジオのレギュラー番組を持ってまして、その新春第1回放送というコトで、前年から継続していたツアーのメンバーがゲストとして登場したんですね。これがまぁ、面白い放送でして(笑)カツGはえらそうだわ謙ちゃんはおどおどしてるわゆーたくんはかわいいわ真理恵さんは天然だわ。(爆)その最後に登場したのがバンドリーダーでもある拓夫さんだったんですが、なんというか、その、ものすごくいい表現をすれば「肩の力の抜けた語り口」でして・・・(苦笑)この人「緊張する」とか「気負う」とかいうコトってないんですかね?ただ、その中で美里ちゃんに「サックスは、どうですか?ますます極まってますか?」と聞かれた時の答えがよかった。 「唯一、いちばん飽きないもの」 この姿勢だからこそ、プロのミュージシャンとしてやってこれたんだろうなって思います。どんなに優れた技術を持っていたって、自分が楽しくないものをやって、周りを楽しませるコトができるはずがないもの。 この時の放送も録音していまだに持ってます。保存版です。 (そしてこの日からわずか11日後が、今でも思い出すととても切なくなる「あの日」です。まぁ、それはまた別の話。) さてさて、美里ファンなら当然お気づきの通り、この年が美里ちゃんのデビュー10周年&10回目の西武球場ライブでした。なのでこの時のライブはもう全てがスペシャル版といった感じで、佐橋さんが帰ってくるわ、しーたかさんも帰ってくるわ、西本センパイ出てくるわ。それはそれはもう、今この時のメンツ全部そろえようと思っても、スケジュール調整がほとんど不可能なんじゃないかと思うような(てゆーか(≠優香)この時でもよく調整できたと思う。)まさに「ドリームチーム」でした。 このメンツを引き連れての10周年記念ライブ。この時の拓夫さん、強烈に印象に残ってます。そう、あの「ジャングルチャイルド」のブルースハープ!正直言って、拓夫さんがこんなに「キレた」演奏のできる人だとは全く思わなかった。この時までの拓夫さんというと「クールで物静かで常に全体を見渡してる、まさにリーダー」って感じのイメージだったのですが、それが目の前でガラガラと崩れていきました・・・(笑)え?私??そりゃもう、大喜びに決まってるじゃないですか。(爆) この年の暮れ、2度目の「運命の出会い」をするコトになります。前々から「そういうものがある」とだけ耳にはしていた「村田陽一SOLID BRASS」。彼らが神戸でライブをすると「ぴあ」で知った私、これはもう行かなきゃでしょ!というわけで、暮れも押し迫った12月28日、チキンジョージまでふらふらと出かけて行きました。ええ、もちろんひとりで。(笑) この時の「初SOLID BRASS」の衝撃は、きっと一生忘れられないと思います。本当に、ホーンセクションの音が身体中に降ってくるような迫力!この時のライブで知ってた曲ってBRECKER BROTHERSの「SOME SKUNK FUNK」だけだったんですが(なんで知ってたかというと、前述の美里ちゃんのラジオで「竹野さんからのリクエスト」というコトでこの曲をかけていたから。)知らない曲でもめちゃめちゃ楽しめました。というより、音の迫力に呑まれてたカモ。 もちろんこの時点で既に私は拓夫さんファンになってはいたのですが、もしこのライブを見ていなかったら、こんな風にファンサイトまで立ち上げちゃうほどにはなっていなかったかもしれません。今まで「ポップス」というジャンルのライブしか知らなかった私にとって、このライブはそれほどまでに衝撃的でした。 ただ、この時の拓夫さんがすごいインパクトあったかというと、そうでもないんですね。むしろ、夏の美里ちゃんライブのあの激しいイメージから「(私が知ってる)元の拓夫さんに戻った」って感じで。(笑)もっと言えば、美里ちゃんのライブの時に見てた拓夫さんがそのまんまSOLID BRASSのライブにもいたんです。このイメージは今でも変わらないですね。竹野さんや荒木さんは、美里ちゃんのライブにいる時とSOLID BRASSにいる時では微妙にイメージが違うのですが(それでもやっぱり竹野さんは「キレたソロ吹く人」だし荒木さんは「イロモノ系」(爆)だけど。^^;)拓夫さんは、ほんっとにそのまんま。不思議な人ですよね。あんなにタイプの違うライブの空気の中で、同じ存在感をかもしだしているなんて。 美里ちゃんライブに関して言えば、10周年のライブ以降毎年拓夫さんの新しい一面を見せてもらってる気がします。「恋するパンクス」の謎の指揮者(笑)とか「ブランニューヘブン」でのトシちゃんをほうふつとさせるダンスとか(爆)「彼女」でのパーカッションさばきとか。そうそう、今まではサックス等の演奏とホーンセクションアレンジが主でしたが、98年にはついに共作の形で楽曲提供までしましたね。それも、SOLID BRASSの雰囲気が漂いまくってるアレンジで。(笑) 15周年記念となった2000年の西武ドーム(になりましたねぇ。いつの間にか。)のライブでは、新たなアレンジの「ランナー」でのブルースハープ。「ジャングルチャイルド」の時とは180度違う、胸が締め付けられるような切ない音を聴かせてくれました。 残念ながら、美里ちゃんとSOLID BRASS以外のライブで拓夫さんに出会ったコトはありません。サザンのライブに出てるのはわかってるんだけどなー。拓夫さんファンとしてだけではなく、単なる音楽ファンとしても行ってみたい気持ちはものすごくあるんだけど。あと、SOYのデビューライブが大阪と東京であった時、東京でだけ出演したって聞いた時の悔しさといったら!!しかもあとで聞いたら、もともと大阪にも行く予定だったのが、忙しすぎて急きょ来れなくなったとか。・・・売れっ子すぎるのも考えもんだよぉ。(泣) この先、私はどんな拓夫さんに出会えるのかな。「あ、拓夫さんってこんな一面もあったんだ!」と思う時、それは私がまた音楽の新しい喜びに触れるコトができた時なのでしょうね。 ここらで「ソロミュージシャン・山本拓夫」なんて一面も見てみたかったりして・・・(爆)<まだ言ってる。^^; 最後に、これからの拓夫さんに贈る言葉。 あえて、前述のラジオ番組で拓夫さんが10周年を迎えた美里ちゃんに贈った言葉をそのまま引用させていただきます。 「もう、そのまんまでいてください。」 2000.8.17. |
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